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テスト大好き!?
JUGEMテーマ:日記・一般
 ここで言うテストというのは、学科試験のことではなくて、僕たちの普段の仕事の一部であるいわゆるリハーサルのことである。スタジオに入って準備が整うと、監督さんやディレクターさんから声がかかる。「じゃ、テストいきまぁす!」 僕はこの瞬間が好きなのだ。はじめて見る台本。そしてはじめて目にする映像。ディレクターさんの中には、時間がないからなのか、テストをしないで「録っていっていいですか?」と、いきなり本番に入りたがる人もいるが、僕は断固として譲らない。「すみませんが、必ず先にテストでしゃべらせてください。自信がありませんから」とお断りしている。僕が何故ここまでテストに拘るのかというと、手元の台本と映像のつながりを一つ一つ確かめながら、どのようにその作品が展開されていくのかじっくり見極めるこの瞬間が一番ワクワクするからである。テストの時はまだ本番ではないので、例えトチッても、それがそのまま録音されるわけではないので比較的のびのびと表現することができる。その作品がニュース映像だとすると、海外のイメージ映像から始まり、本題である現時点での問題提起の証拠映像へとつながり、そのあと基本知識をイラストなどで説明する。そして解決策として全国各地で取材した様々な取り組みを巧みなカメラワークでドキュメントタッチで紹介していく・・・。ざっとこのような流れになっていることをテストの段階で確認するわけである。テストで読みながら、明らかに映像の長さよりもコメントの方が多すぎて次のカットにこぼれていった個所をチェックすることも必要だ。特に難しい理論や用語を説明するときは、噛んでふくめるようにたっぷりと読み進めたい。あるいは、見ている人の感性に訴えるようなイメージ映像の場合は、たたみかけるようにテンポを上げたり、あるいは間延びするほど言葉と言葉のあいだにスペースを開けたりすることもある。そういったことを何にもとらわれずにできるのがテストの時なのだ。まるで鳥たちが大空を悠々と漂う時のように俯瞰的に作品を眺める気分である。ところがいざ本番となると、トチっちゃいけないとか、次のカットにこぼれないように収めなければならない、とか読み方を間違えちゃいけない、などと余計な気遣いが邪魔をして、なんだか杓子定規なつまらない読み方になってしまうことが多い。特に、詩の中の一節のように情感たっぷりの文だとか、わざとルールを踏み外した場違いなコメントなどは、何故だかテストの時の方がより面白かったりするのも事実である。基本的には、まずはテストで一通り読んで、そのあと本番で録音する。というのが本筋ではあるが、テストの読みの方が良い場合もあるので、気がきくミキサーさんなどは、こっそりテスト中も録音ボタンを押してくれたりして、とても嬉しくなることがある。だからテストはやめられない。
| 武田 広のスタジオ日記 | 10:53 | comments(0) | - |
共演する喜び!
JUGEMテーマ:日記・一般
 僕たち、ナレーターという仕事は基本的に一人で台本を読むことが多いので、ほかの男性ナレーターと一緒に出演することはあまりない。「世界まるみえテレビ特捜部」や「真相報道バンキシャ」など、数人のナレーターと一緒になることはたまにあるが、ほとんどは一人である。ところが去年の夏から、僕と一番親しい男性ナレーターである窪田等君と、TBSの「教科書にのせたい」という番組で珍しく共演することになった。この番組は元々二時間の特番として一昨年の六月に放送されたもの。その時はナレーターは僕一人であった。その後、同じ企画で数回放送されたが、あいにく僕のスケジュールが合わなかったために別のナレーターさんでオンエアされた。そこで起用されたのが窪田君である。彼とはもう何十年のお付き合いになるだろう?同じ事務所に所属していた頃からだから、もう三十年以上になるだろう。窪田等君といえば、同じTBSの番組「情熱大陸」でのナレーターとして有名だが、彼のベルベットのような厚みのある温かくて奥行きのある声は他の人では絶対に真似のできない風格を持っている。それからしばらく経ってその番組は、レギュラー番組として毎週火曜日の夜に放送されるようになった。その間窪田君がナレーターを務めていたのだが、去年の夏頃からこの僕にもお声がかかったのである。色々な経過をたどった後、「教科書にのせたい」という番組で僕と窪田等君は番組の中で共演することができたことになる。「共演」するということは、歌手の人たちの世界で言えばデュエットすること。俳優さんの世界で言えば同じ舞台に立つということ。僕がある意味好感を抱いている彼と同じ番組で共演出来ることは、なにものにも代えがたい喜びなのである。今年の正月に彼からもらった年賀状には、「一緒の番組なんて珍しいね。今年もよろしく!」と書かれていた。
| 武田 広のスタジオ日記 | 21:46 | comments(0) | - |
新年 おめでとうございます
JUGEMテーマ:日記・一般
 あけましておめでとうございます。昨年は公私共に大変な年でしたが、今年こそ、穏やかで優しさ溢れる一年でありますよう、お祈りしたいですね。「お祈り」といえば初詣ですが、僕個人的には昔から神社やお寺にお参りするのはあまり好きではありません。あんな人ごみの中でお賽銭をささげて何かをお祈りしたとしても、神様は一人ひとりの願い事を細かく覚えていてくれるとはとても思えないのです。ましてやガードマンまで出て人出の整理をするような混雑の中出かけても、風邪のウィルスをもらって帰ってくるのが関の山ではないでしょうか。過去に訪れた神社の中で唯一、「行って良かったな」と思っている所が一か所だけあります。それは山小屋に行ったついでに立ち寄った多留姫(たるひめ)神社。長野県諏訪地方にあって本当に人っ子一人いないようなさびれた神社でした。近くには多留姫の滝もあってマイナスイオンがいっぱい流れていました。人間は、毎日の暮らしの中で何かにすがりたくなった時、絶対的な大きな存在に頼るもの。例えば敬虔なクリスチャンなら神様に。熱心な仏教徒であれば仏様にお願いをしたくなるのでしょう。お寺で生まれ育ったにも関わらず、あるいはお寺で生まれ育ったせいか、僕はそういう神仏には絶対にすがりたくないのです。僕にとって絶対的な存在を示してくれるものはやはり自然や宇宙でしょう。去年の秋は全体的に気温が高く、好天にも恵まれなかったのですが、冬に入ってから一気に青空の出番が増えたように思います。このブログを書きながら窓から空を見上げると、午後の陽射しの中に上弦の月がくっきりと見えています。ちょうど今は半月です。全ての葉っぱを落としたケヤキの木々がその月の右側にそびえていて、見ているといつの間にか深呼吸をしている自分に気づきました。日常生活のなかでイライラしたり、嫌なことがあっても、また何か大きな選択に迷っているときに、こうして大空の営みに身をゆだねていると、目には見えないとてつもなく大きな何かに包まれている自分がそこにいることを発見するのです。人は様々ですから、それぞれに信じる対象があっていいことはもちろんですが、そういったことを強制したり、勧誘するのは感心しません。自分だけの絶対的な存在を確実に持つことこそ、大事なのではないでしょうか。

| - | 15:11 | comments(4) | - |
さようなら プリントゴッコ
JUGEMテーマ:日記・一般
 昨日はクリスマスイブで今日がクリスマス。街は大賑わいだが、我が家ではようやく年賀状作りから解放された。毎年のことながら年末は大変である。ただでさえ掃除などで忙しいのに、何百枚もの年賀状を作り上げなければならないのだ。できるだけ手作りでやろうと我が家では、宛名だけはパソコンで打ち出すものの、イラストや文面はプリントゴッコで作ってきた。プリントゴッコと聞いて若い人はピンと来ないかもしれないが、謄写版の原理を応用した簡単な印刷機である。謄写版なんて言われても若い人には余計に分からないだろうけれど。一枚ずつペタペタと刷っていくのだが、きれいなカラーでイラストを描けるし、何よりも手作り感が楽しい。ところどころ色が薄かったり、線が滲んだりとなかなかアナログな雰囲気で今までやめられなかったのである。ところがメーカーから、とうとう部品の製造を来年いっぱいで中止すると発表があったので、今年限りでプリントゴッコを卒業することにした。まずは、去年の年賀状リストをもとに、今年出す相手の選別から始める。続いて例のプリントゴッコを使って図柄を考えながら印刷していく。なにしろ一年に一回しか出番がないので、プリントゴッコのインクも劣化しているのがあったりする。製版するときにピカッと光るのが子供たちには面白いらしくて、長い間我が家の年中行事だった。毎年の干支をテーマにイラストを作っていたが、あるとき友人から「おまえ、あの年賀状はちょっと幼稚過ぎはしないか?」とからかわれたりもしたが、家族の温かみが表現できるので自分の意思をこれまでずっと貫いてきた。昔からの原版を大事にとってあるので並べてみたら、なんと一番古いものには1984年の字が読みとれた。ほぼ30年間近くもこのプリントゴッコのお世話になってきたことになる。表の宛名と裏のイラストが出来上がると今度は、一番の難関、手書きでメッセージを書いていく作業が待っている。街でその相手とバッタリ顔合わせをしたときになんと挨拶するのだろうと思いながら、一枚一枚手書きで一言メッセージを記していく。確かに疲れる作業ではあるが、これをしないと味気ないものになってしまうので自分なりに真心を込めて書いているつもりである。そして最後に、今年年賀状を送った相手の一覧表を作成して全て完成となる。そして年が改まれば、今度は年賀状をいただいた方の住所や家族構成に変化はないかチェックしつつ、年賀状の出し忘れはないか厳密に照らし合わせていく作業が待っている。最近ではメールで年賀状を下さる人も出てきたが、このままいくと何年か後には、年賀状そのものが死語になってしまうかもしれない。普段から顔を合わせることがあまりなくて年賀状だけのお付き合いになっている人も多いが、かといって年賀状を出すことを止めてしまうとまったく疎遠になってしまうのも困りもの。しばらく会っていないが元気ですよ!と、一枚の年賀状が知らせてくれるのも悪くないだろう。
| - | 14:09 | comments(0) | - |
僕は記録魔!?
JUGEMテーマ:日記・一般
 僕は昔から何かにつけて物事を記録するのが好きだった。我が家のあらゆる予定を書き込んだスケジュール表も一枚も欠かさずに、「古助(フルスケ)」と名前をつけてとってあるし、車の走行記録も丹念に保存している。何月何日にどこそこへ行った、というのはもちろん、ガソリンをどこで何リッター給油したとか、部品交換や洗車の日付も後日分かるように記録している。毎日地道にこなしている一つ一つの仕事のデータも例外ではなく、フリーになる前の1977年10月から「仕事帳」としてノートに書き留めてある。市販のノートに線を引いて1ページにつき8本ずつ仕事のデータを書き込むのを日課にしてきたのだ。だから机の前には33冊並んでいる。ノートを開くと、左端に日付と時間、それも予定された時刻にスタジオ入りしても延々と待たされた場合や、終了予定時刻をオーバーした場合も5分単位で記録されている。その横には作品の内容やスタジオ名、そしてプロデューサーやディレクター、監督さんむなどスタッフの名前。さらには共演者、また誰かから紹介された仕事の場合はその人の名前などがぎっしり書き込まれている。こうしたデータが残っていれば、後日、「あの監督さんとは何年ご無沙汰したのかな?」と思ったときでもすぐに調べられて実に便利である。僕がまだ若かった頃、先輩達から、「昔のことを振り返るのは止めろ。まだそんな年じゃないだろう。今はひたすら歴史を刻み続けることに精を出せ。」と言われたものだが、そんな僕も62歳になったのだから少しくらい過去の歴史を紐解いても許されて良いのではないだろうか。そこで暇にまかせてパラパラと古いノートをめくっていると、色々面白いデータがみつかった。1982年の10月にはタモリ倶楽部の第1回のナレ録りをしている。そう、タモリ倶楽部は来年には30年目に入るのである。そして84年には、同じ番組の「愛のさざなみ」というコーナーでおなじみだった波子さんコンテストということで、なんと顔出しで司会までしている。1986年5月には懐かしい「11PM」のコーナーのナレーション。そして1994年3月19日は「チューボーですよ」の第1回。その年の暮れには、フジテレビのアナウンサーから司会者になった「逸見政孝さんのメモリアル」の特別番組。あの「アド街ック天国」は1995年3月から始まっている。こうして見ていくと、過去を振り返るだけでなく、その当時の世相をも分かって実に興味深いものがある。1988年9月には「パイオニア・レーザーディスクの紹介」というタイトルのVP(ビデオパッケージ)のナレーション。さらには87年頃には、「国鉄・消えゆく路線」「国鉄改革の歩み」。JRが誕生するまでの様々なエピソードを紹介している。テレビなどの番組やビデオパッケージ以外にも、こんな珍しい仕事もやっていた。それは1995年の5月25日、当時世間を騒がせた平成の大横綱こと貴乃花・河野景子さんの結婚披露宴で上映された寿ビデオのナレーション。これらの他にも、既に亡くなられた故・伊丹十三監督の作品、「マルサの女」「あげまん」「大病人」などの予告編やメイキングビデオなどなど、今振り返れば、様々なジャンルの仕事をさせていただいたことに気づかされる。セピア色になった古びた「仕事帳」を辿っていると、その頃の現場の様子が、部分的ではあるが鮮やかに思い出されてくる。さて来年は、どのような仕事と出会えるのだろうか?
| 武田 広のスタジオ日記 | 11:24 | comments(4) | - |
密かな決意
JUGEMテーマ:日記・一般
 2011年も残りあとわずか。明日から師走に入ってしまう。振り返れば今年は波乱の一年だった。3月の大震災に始まり、8月のお盆前には僕にとって4人目の孫が誕生。残暑厳しい9月に入って僕は体調不良に見舞われた。幸い今では少しずつ快方に向かっているが、自分の健康についてしっかりと自覚するきっかけになった。そして来月12月の末には、現在は名古屋で転勤生活を送っている息子一家が都内多摩地区に引っ越してくることになっている。公私ともにまだまだくたばってはいられないようだ。今年の秋に62歳になったが、9月の発病のあおりで今年は大好きな秋を思う存分楽しもうという気分にはなれなかった。家の窓から枯葉色に染まっていく木々を眺めながら、これからの自分についてじっくり考える日々が続いた。そして編み出した結論はこうである。「ひとつ、煽らない(あおらない)。ふたつ、まかない。みっつ、小さな字は読まない。」  この中に出てくる、「煽らない」というのは、テレビの番組などでやたらとテンションを上げて声を張り上げたり、絶叫調でコメントを読むことを指している。現場のディレクターから「ここはコマーシャルに入る直前だからもっと煽ってください!」などと指示が出ることが多いのだが、そこで僕は考えてしまう。「ナレーターが煽って読んだからといって、そのあともずっとその番組を見続ける気になるかどうかは別問題じゃないの?」。僕自身は基本的に、与えられた原稿を煽って読むことを良しとしないのである。なぜならば、ナレーターが声を張り上げて煽ると、その作品自体が安っぽくなってしまうからだ。画面に美味しそうなお料理が映っていたり、目を見張るほどの見事な景色をカメラがとらえていても、煽ったナレーションをつけると逆に映像が下品に見えたり、平凡なものにさえ見えてしまうこともあると僕は確信しているのだ。だから僕は敢えて煽らない。二つ目に取り上げた「まかない」というのは、これは正に業界用語で、「まく」というのは早口でまくしたてることを意味している。ディレクターさんが、「そこはまいてください」と言う時は、時間がないからソソクサと切り上げてください、ということである。ナレ録りの現場で最近とみに増えているのは、ナレーションの原稿の量に対して明らかに映像の長さが足りないケースだ。それはコマーシャルに限らずテレビの番組でももちろんそうだし、ニュースなどの報道番組でも同じこと。映像の長さが足りないということは、すなわち原稿に言葉や文字を詰め込みすぎているからである。それでは聞いている人にきちんと伝わらないのではないか。僕は古い人間であるから、ナレーションを読む時は、その言葉の持つ雰囲気やニュアンス、余韻といったものを大切にしたいと常々考えている。だから必然的に文章の中に「間(ま)」というものが生まれるはずだが、現場で「間」を取って読むとディレクターさんから、「どうしました?」とトークバックで聞かれることさえある。そんなこんなで僕は「煽ったり、まいて」読むことはしないと心に決めたのである。そしてもう一つ、「小さな字は読まない」。台本はその作品の設計図みたいなものだと思うから、目を凝らさないと読めないような小さな字は困りものである。特にテレビの場合は画面を見ながらナレーションをつけるので、画面から目を原稿に落とした瞬間に台本の字が自然と目に飛び込んでくるように、読みやすい字で書かれているべきだと僕は思う。ただこれは、頂いた原稿が読みにくければ自分でコピーを取りなおせば解決出来るので大した問題にはならない。「煽って」読むのが苦手で、「まいて」読むのが苦手な僕に、敢えて、「煽れ!」「まけ!」と指示するのは、歌手に例えれば、往年の歌手である東海林太郎に、ラップで歌え!と言っているのと同じなのではないだろうか?
| 武田 広のスタジオ日記 | 16:03 | comments(2) | - |
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