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さよか
JUGEMテーマ:日記・一般
「さよか」というのは、関西弁で「そうですか」という意味だ。それも、「へえ、そうなんですかぁ」といった同意を表す場合よりも、「ふん!じゃ、あとはどうぞご自由に」といった相手を突き放すときによく使われる。数日前、地下鉄の曙橋駅で降りてスタジオに向かおうとすると、改札の先を白い杖を持った初老の男性が歩いていた。それもかなり早足で。地上に出るまでには途中までエスカレーターがあってその先は再び長い階段があることは知っていたので、僕は心配になりその人のすぐ後ろから見守っていた。エスカレーターの左側にじっと立って乗るのが普通だが 、その人はよほど急いでいたのか、右側を歩きながら前の人たちを何人か追い越し始めた。「随分元気な爺さんだな」と僕はますます心配になり、その人を見失わないよう足を速めてついていった。エスカレーターが終わり上りの階段にさしかかったとき、その人はその前を歩いていた人にいきなり追突してしまった。前にいた人は何が起こったか分からずオロオロするばかり。白い杖の人は何とぶつかったのか分からずにさらに前に向かって進もうとしている。このままでは二人そろって階段から転げ落ちる危険性も出てきたので僕は思わず声をかけた。「何かお手伝いしましょうか?」そしたら次の瞬間、「しなくていいです!」。それも大きな声で。僕は一瞬ムカッときたが、すぐに気を取り直して「さよか」と心の中でつぶやいた。まぁ、ひとそれぞれに事情はあるだろうからいいけれど、「しなくていいです」と怒鳴る前に、「ありがとう、でも大丈夫だから」と言って欲しかった。本当に人とのつきあいはむずかしいものである。
| 武田 広のスタジオ日記 | 15:00 | comments(3) | - |
とてもヒューマンなスポーツ番組
JUGEMテーマ:日記・一般
昨夜は夕方から深夜まで、六時間にもわたってのナレ録り。さすがに疲れてしまった。でも内容的には素晴らしいもの。今度の水曜日夜放送する、テレビ東京の「一億の心に響く物語」。一流のアスリート達が辿った苦難の道、あるいは偶然遭遇したミラクルな出来事を、非常に緻密に取材したドキュメンタリーに仕上がっている。今流行のスタジオで芸人達がギャーギャー騒ぐだけの番組とは違い、ぐっと心に迫るいい番組です。登場するのは、野球選手の小谷野選手が不遇の時代から這い上がる話。そして、ゴジラ松井選手と学生時代競り合ったピッチャーの話。「氷上のプロポーズ」で話題となったジョン・ボルドウィンと井上怜奈選手の波乱の人生。他にも卓球の福原愛選手など、単に数字や記録を追うだけのスポーツ番組ではない、とてもヒューマンな構成になっている。録音が終わるとぐったりとしてしまったが、体力的には疲れても、どこか清清しさが感じられた仕事だった。是非オンエアを楽しみにしてください。今度の水曜十日の夜九時五十四分からの90分。テレビ東京でお楽しみくださいね。 
| 武田 広のスタジオ日記 | 14:39 | comments(0) | - |
趣味はおおらかに楽しもう!
JUGEMテーマ:日記・一般
「アド街ック天国」の演出の方から、「武田さん、今度のNHKの「プロフェッショナル 仕事の流儀」を是非見てみて!」と教えていただいた。聞くと、鉄道のダイヤ作りに取り組んでいる人の物語だという。これは逃してはならぬ、と早速ビデオに録っておいた。そしたら今度は、「ガリレオ脳研」でお世話になっているスタジオのミキサーさんからも、「この前のプロフェッショナル」は面白かったですね」と話しかけられた。番組を見れば、なるほど楽しいことに全編列車ダイヤの話である。東京メトロの東西線を主に担当している牛田さんのドキュメンタリーだった。彼曰く、ダイヤのスジはデスクで引くな。現場で引け。彼は寸暇を惜しんで現場に出かけて、人の流れをつぶさに調べ上げ、それを五秒単位で実際のダイヤに修正を施していく。まさに神業とも言えよう。現実の運行実績をグラフ化した「クロマティックダイヤ」の存在については僕は知らなかったが、仕事が終わっても目に残像が焼きつくくらい業務に邁進する牛田さんの姿は印象的だった。このように列車ダイヤには格別の愛着を感じている僕は、趣味で自分が勝手に想像した架空の列車ダイヤをコツコツと作り続けている。それは、大都会のターミナルから出発して近郊の町を経由し、最後には静かな海辺の町にたどり着くという路線である。途中には深い森に包まれた峠の駅があったりして、僕の頭の中では具体的なジオラマまで完成している。駅名も、「桔梗ケ丘」「乙女高原」など好きな名前にしてある。列車の種別はこれこれで、線路の配置はこうしたい。などなど考えを巡らせているだけで気分転換になる。ただし、僕の作るダイヤは十秒単位のもので、牛田さんが取り組んでいるものより緻密さに欠けるが、それでも真っ白な紙に二ミリ単位で縦線をひいて一日二十四時間分を書くとなると大変な労力が必要になる。思い返すと、昔は、「自分は鉄道ファンだ」と人におおっぴらに言うことはしなかった。あるいは熱心な消防ファンであるために、持っている地図には消防署の位置を示す赤丸がびっしりと書き込まれているのを他人に見られるのを恥ずかしく思う気持ちもあった。でも最近は開き直ったのか、人前でも堂々と自分の好きなこと、関心のあることを話すようになってきた。そうするとそこから話が広がったり、思わぬ展開になることも分かってきた。趣味は、こっそりひっそりと楽しむのもいいけれど、時にはおおらかに発表してみるのも楽しいものである。
| 武田 広のスタジオ日記 | 09:43 | comments(4) | - |
ハートポッポな旅
JUGEMテーマ:日記・一般

毎年のことだが、冬本番になると何故だか湯布院に行きたくなる。立ち上る湯煙に包まれながら綿ぼうしをかぶった木々の枝越しに由布岳を見てみたいとずっと思っていた。そしたら近々「アド街ック天国」で湯布院を取り上げることが分かったので、今年は是非行こうと即決した次第である。今までもアド街のナレ録りの前にその現地を訪れることは何度かあったが、今回は都内ではなく九州が舞台。いやがうえにも気分は盛り上がった。有名な金鱗湖(キンリンコ)のすぐ近くに宿が取れたので、湯布院の町並みは十分楽しめたのは良かったが、駅から続くメインストリートは原宿を思わせる賑わい。それでも、そぞろ歩きを楽しんでいる人々の笑顔を見ているとこっちまで和んでくる。なんといってもお湯がずば抜けて素晴らしい。無色透明だがとてもまろやか。食事も地のものが美味しい。地鶏やとれたての野菜類、柚をあしらった和菓子も秀逸である。今は冬真っ只中なのでシンボルの由布岳はハゲ山のような姿を表していたが、堂々とした佇まいはさすがの一言。今回は湯布院を中心とした地域をメインに考えていたが、ついでに周辺の地にも行ってみたくなり、やまなみハイウェイを通って竹田市まで足を伸ばした。相当古い武家屋敷もきちんと保存されていて、非常に落ち着いた町並みが気に入った。作曲家の滝廉太郎もこの地に住んだことがあり、彼がこの上なく愛した岡城址にも行ってみた。あの名曲「荒城の月」が生まれた場所でもある。本丸跡から見渡すと深い森になっていて、桜の季節はさぞかし綺麗だろうと思った。こんな景色に包まれながら彼は、「荒城の月」の他数々の名曲を残して23歳でこの世を去ったのだ。決して派手さはないが、歴史の重みを感じさせてくれる竹田の町。人々の温もりを随所に残している湯布院の町。これらの地を巡ることで、文字通り心まで温めてもらった今回の旅はまさにハートポッポな旅であった。
| 武田 広のスタジオ日記 | 21:48 | comments(3) | - |
リテイク物語
JUGEMテーマ:日記・一般
僕達の業界では、いわゆる取り直しのことを「リテイク」と呼んでいる。一度本番で録ったものでも何かしら間違いが見つかったり、あるいは偉い方の判断で「ここはもう少し遠まわしの表現にしておこう」などといわれれば、後日再びスタッフやナレーターが呼び戻されて 部分的に取り直すことになる。当然のことながら気分的には、最初の時のようにはテンションが上がらないし、ギャラが大幅に増えるわけでもない。だから出来ることならば、リテイクは避けたいところである。でも、人間のやることだから常に完璧なものが出来るものでもないので、普段は大目に見ているが、いつだったか同じ事務所に所属していた女性のナレーターさんが憤慨していた。聞くと、短いコメントなのに九回も取り直しのために呼ばれたそうだ。さすがにこの時は事務所の社長も怒って、「あまりにふざけた話だ。次からはりテイクであっても通常通りの金額を請求するぞ」とカミナリを落としたという。そうすると、その後はピタッとリテイクの要請が来なくなったらしい。その制作会社は自社内にスタジオを持っているため、ついついチェック体制が甘くなってしまっていたのだろう。一度録音したものを、ある責任者が検閲して「ここは直したい」と言えば一度目のリテイクが発生し、その後彼のすぐ上の上司がチェックすると、またもや修正箇所が見つかって二回目のリテイク。そしてまたまた別の偉い方が調べると、やはり「ここは直さねば」となって改めて取り直し。そんなこんなで九回もスタジオに呼ばれてしまったという。当然作品は「つぎはぎだらけ」になり、厳密に聴いてみると不自然なところが随所に現れてしまう。言い換えれば、左官屋さんが壁を塗るのに、途中でミスに気づき部分的に何度も塗りなおすのと同じである。出来上がりの作品を見るとあちこちに「塗りムラ」があって不細工なこと極まりない。だいいち、時間とお金の無駄である。そういえば随分昔の話になるが、ある映画の作品で一箇所だけ直したいからと呼ばれてスタジオに行くと、全く別の人がナレーションを読んでいたので「これ、僕の声じゃないですよ」と抗議したところ、担当者は涼しい顔をして、「いいんです。作品の途中で声が変わった方が、見ている人の目が覚めていいんですよ」とのたまう。これにはひっくり返りそうになった。後にも先にも別人の作品でリテイクをしたのはこれだけである。現代では録音技術が発達してデジタルで録音できるのでリテイクするのも楽になったが、僕達はやはり、一発勝負にかけたい。「もし、間違っていても後で取り直せばいいや」というような生半可な気持ちで録音するのではなくて、全てのチェックを済ませた段階で、よし!これから本番!」といった緊張感こそが最高の作品を生むのだと僕は思いたい。
| 武田 広のスタジオ日記 | 21:00 | comments(8) | - |
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