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のんびり生きまっしょい!
JUGEMテーマ:日記・一般
山から東京に戻る時はいつも中央高速を使っているのだが、今回は急に新しいことに挑戦してみたくなって国道20号を利用することにした。大昔からある街道沿いなので色々な発見があってなかなか楽しかった。季節も良かったので、街角にはユキヤナギやレンギョウが見事に咲き乱れていて、少し山に近付くと藤の大木が紫色の花房を垂らしている。僕は高速道路を行くよりもこうした一般道のドライブの方が好きである。人々の生活ぶりをつぶさに見られるからだ。そのまま東京まで一般道で行こうかとも思ったが、途中の韮崎や甲府あたりまで来るとだんだん都会っぽくなってきたので少々退屈してきた。それでも笹子トンネルの旧道も通過できたし、いきなり古い家屋の間から富士山がスックとそびえているのが見えたりして結構楽しめる。時間的にはやはり高速の二倍近くかかったことになるが、大月インターから高速に乗ることにした。電車で移動するときも、僕は基本的に新幹線よりも在来線の特急の方が好きだ。確かに時間に追われているようなときは新幹線は便利だが、道中を楽しむ余裕が感じられない。全国で新幹線網が勢力を広げ始めた頃、在来線を廃止して新幹線ばかりが注目されるようになったとき、地元の方たちからは、「あれは実質的な値上げではないか」と非難されたこともあった。だが、時間短縮を図るのは現代の時代の要請でもあろう。最近では新幹線どころか、リニア新幹線も計画されているほどだ。実現すれば東京・名古屋間が40分ほどで結ばれる。さらに大阪まで伸びれば東京・大阪間は一時間で行けるようになるらしい。そこまでして人間は早く移動したいものなのだろうか?おまけにリニア新幹線というものは今ある新幹線の3倍もの電力を消費するとも言われている。決して環境に優しい乗り物ではないのだ。ノンビリ派の僕は、「遠いところに行くのだから多少時間がかかるのは仕方ないだろう」と考えてしまう。 だが、人々はさらにスピードを求めてしまう。2時間よりは1時間。最終的には瞬間移動さえできればいいのに、と考えるだろう。でも立ち止まってよく考えれば、どんどん時代が進歩してあらゆる情報機器が進化すれば、いつかはわざわざ人が交通手段を使って移動しなくても、すべて用を済ませられる時代が到来するかもしれないのだ。その暁には、「昔は出張とか言ってビジネスマンたちが大勢新幹線で移動していたらしいよ」と言われる時が来るかもしれない。確かに便利なものも必要だろうが、時と場合によって使い分けられるのがいいだろう。100年足らずの人生、そんなに先を急いでも仕方ないではないか。万年生きると言われているカメ。あのようにのんびりと歩いているから長生きするのではないだろうか。まぁ、ノンビリ生きまっしょい
| 森での暮らし | 14:21 | comments(6) | - |
山の雪に泣いて、人の温かさに触れる・・・
JUGEMテーマ:日記・一般
 東京にも久しぶりの大雪が降ったその日、山小屋に向かった。元々寒さが大好きなため、何の心配もしていなかったが、現地に着くと、車のボンネットの高さくらいまで雪が積もっていた。六十センチくらいは積もっていただろうか。道路から駐車場まで急な上り坂をダッシュして駆け上がろうとしたが、途中でタイヤがスリップを始めて、止まってしまった。何度もチャレンジを繰り返すものの、タイヤは同じ所ばかりガリガリと雪面をけずり、車は前にも後ろにも進まなくなってしまった。四輪駆動とスタッドレスを履いていたのでどんな雪道でもスバルは大丈夫と信じ切っていたので大いに慌てた。しばらくすると、こちらからは頼んでもいないのに、ご近所の方が二人、手に大きなショベルを持って駆け付けてきてくださった。よく調べてみると、ご丁寧にも僕の車は松の切り株を乗り越えてしまっていて、車のお腹に抱え込んだ形になっていた。するとSさんは車輪の前後に薪を数本差し込んで何とか車を脱出させようと試行錯誤してくださっている。時には雪面に這いつくばって必死に車を動かそうとあの手この手でチャレンジ。Mさんは雪をかき分けて薪を取りに行ったり、長靴を履いたまま体当たりで車の後押しをしたりと一生懸命手伝ってくださった。すると今度はSさんのお嬢さんまで来てくださって、ライトで地面を照らしたりタイヤの向きを確認したりと、氷点下三度の中奮闘中。車のエンジンをいくらフル回転させても深い雪の中ではタイヤは滑るばかりで、どんどん墓穴を掘っていく。結局最終的にはJAFの隊員にウィンチで引っ張り出してもらったが、あの厳寒の中、二時間半以上もの間、ご近所のSさんとお嬢さん、Mさんの三人は黙々と作業を続けてくださったことになる。それに比べて僕は、まるで要領を得ず、ただウロウロと皆の動きを見守っていただけだった。なんとも情けない。このように、ここ山に住んでいる人々は、困っている人を見ると率先して助けてやろうと力を発揮してくださるのだ。そんな人たちの姿を見ていると、自分の非力さを思い知らされる。本当にこの人たちは心が温かい。ありがとうございました。
| 森での暮らし | 22:02 | comments(4) | - |
時には昔の話を
JUGEMテーマ:日記・一般

この写真に写っている歌手が誰だか分かりますか?  先日、長野県の原村にある農業実践大学校で野外コンサートが開かれたのです。歌っているのは加藤登紀子さん。僕たちより少し年齢は上ですが、ほぼ同じ青春時代を過ごした同期のような感覚を持っています。前日の雨がカラリと上がって強烈な日差しの中、一時間半にわたって歌い続けてくれました。しかもこのコンサートは徹底したエココンサートで、音響や映像演出などに使う電気は全て太陽電池パネルによってまかなわれていました。もう四十年以上歌い続けている彼女の魅力は、なんといっても壁を作らないこと。興に乗ってくるとステージを降りて聴衆の真ん中に入って「さぁ!一緒に歌おう!」という感じで皆を楽しませてくれました。僕が個人的に好きなのは「時には昔の話を」という曲。なんだかこの歌を聞いていると、肩を組みながら一緒に過ごした当時の仲間との出来事が鮮やかに蘇ってくるから不思議です。もちろんこの曲も歌ってくれました。他には「1人寝の子守唄」や「百万本のバラ」「琵琶湖周航の歌」などなど、ついつい一緒に口ずさむ曲ばかりで大いに盛り上がりました。加藤登紀子さんの歌は、ただ単にヒットしたというよりも、一曲一曲にメッセージが込められているんですね。だからこそ歌う人と聞く人の間に連帯感が強く芽生えるのでしょう。一人一人に笑顔を見せながら歌い続ける彼女を見ていると、なんだか目頭が熱くなってきちゃいました。
| 森での暮らし | 22:35 | comments(2) | - |
ブランコがやっと完成!
JUGEMテーマ:日記・一般

今年の春の連休の頃から作り始めたブランコ。頭の中で色々と構想を練りながら、ああでもない、ここはこうしたい、などと試行錯誤の末、ようやく完成した。通信販売などで手に入るキットを買えば簡単に作れることは分かっていたが、それだと面白みがないので全く一から手作りすることにしたのだ。最初はそのあたりにある広葉樹の幹をチェーンソーで切ってきて支柱に使おうかと考えていたのだが、お隣に住んでいる僕の木工の師匠のアドバイスにより方針を変更。ホームセンターで四角い材木を買って来てそれをチェーンで両側から引っ張る方式で作ることにした。人が乗るベンチも少し腰が沈むくらいに座面を傾けて、背中が当たる面は適度なカーブを描くように材木の切り方に工夫を凝らした。作業が進むにつれて思わぬ誤算も現れてくる。チェーンを必要な長さだけ買ったのは良かったが、チェーンを引っ張る金具の大きさと合わなかったり、最終的に組み立ててみたものの、地面に対してきたんと垂直に立っていなかったりと悩んだ挙句の果てにようやく安心して乗れるようになった。森の景観に溶け込むよう、アイボリー色のペンキで材木を塗装したのは良かったが、「支柱の下の方はどうせ土の中に埋まってしまうから、経費節約のためにもペンキは見えるところだけ塗ればいいや」と思っていたら、師匠からありがたい忠告が。「こらこら、ペンキは見栄えをよくするためだけではない。土の中の湿気から材木を守ってくれるのだから地面に隠れるところにこそしっかりと塗装を施さないと柱が腐ってすぐ倒れてしまうよ」。そうでした。迂闊でした。いつも優しい眼差しで新米大工の僕を励ましてくれるお隣さんに今回も感謝! 
| 森での暮らし | 21:54 | comments(4) | - |
雑草よ、おまえは・・・
JUGEMテーマ:日記・一般
僕が山小屋を建てたいと思ったのは、都会だけの生活だけではなく、田舎暮らしを少しでいいから味わってみたかったからである。山に行けば、穴を掘ったり、木を切り倒したり、薪を運んだり、ペンキを塗ったりと体力的には相当ハードなことを楽しみながらやっている。このところ集中的に取り組んでいるのは雑草との戦いである。以前は地面にしゃがみこんで一つ一つ手で摘み取っていたが、あまりにも手に負えないのでとうとうエンジン式の草刈り機を購入した。威力はさすがに素晴らしいが、一つ間違えば小石は飛んでくるし、姿勢が悪いと腱鞘炎にもなりかねない。どんなに精魂込めて雑草を退治しても、雨が続いたり日照に恵まれると、しばらく見ないうちにあたり一面雑草だらけになってしまう。それだけ生命力は凄いのだ。ある人は言う。「雑草のように逞しく行きぬけ! たとえ踏まれても引き抜かれても辛抱強く生き抜くのだ。」 またある人は言う。「雑草なんて何故はびこるのだ? 誰もタネなど蒔かないのに勝手に伸びてくる。雑草なんて何の役にも立たず、見苦しいだけだ。」そしてある人はしんみりと言う。「雑草という名の草なんてこの世にはない。人が勝手に名づけたにすぎない。誰も見向きもしないが、雑草は皆それぞれに名を持ち、ひたすら一生懸命伸びようとしている。 これほど純粋無垢な生き物はいるだろうか?」 夏の日差しの中で黙々と雑草と格闘していると、小さいながら見とれるほど可愛い花をつけているものを見つけることがある。そんな時、しばし手を休めつつ雑草にまつわるいろいろな言葉を思い起こしているのである。
| 森での暮らし | 21:28 | comments(1) | - |
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